CALLING
「ごめんね?君があんまりにも可愛いから」
気になるけど、聞けない。
知りたいけど、言い出せない。
こうやって自分ひとりで悩んでいたって、答えなんて出るわけない。
絶対に。 それはわかっている。
私の中に答えはなくて、あるとすればきっと…いや、絶対に彼の中にしか存在しない。
聞けばいいのだ、たった一言。
でも…
「そんなこといったって、どんな顔して聞けばいいのよぉぉ!!」
心の中で考えていたことをつい口に出して叫んでしまったことに気がつき、廊下にこだまする自分の大声に驚いて口をふさぐ。
慌ててキョロキョロと周囲を見渡せば、運のよいことに人通りの少ない放課後の廊下には彼女以外の姿は見当たらない。
そう、この桜川ヒトミ以外の姿は。
今の独り言(…のつもり)を誰にも聞かれていないことに安堵して、廊下の壁に背をつけたままずりずりとその場にへたり込む。
(危ない危ない…演劇部で鍛えた発声がこんなところで発揮されるなんて)
独り言が大絶叫になってしまうなんて、演劇部恐るべし!…などと腕組みをしながら一人納得して、うんうんと頷く。
「ヒトミちゃん?」
一人悦に入っているところに不意に言葉をかけられ、文字通り飛び上がるほど驚く。
「か…神城先輩!」
顔を見なくてもわかるその優しげな声の主を、廊下にしゃがんだまま仰ぎ見る。
「どうしたの?そんなところに座り込んで…もしかして具合、悪い?」
「そ…そ…そんなことは全然!まったくないです、はい!」
不安げなその問いかけに、慌ててすくっと立ち上がり体調のよさをアピールするように腕をぐるぐると回す。
3時のおやつも食べたし元気いっぱいですよー!などと、思わず余計なことまで口走りながら笑う彼女に、自分の心配が徒労であったことを知り神城はほっと息をつく。
「そう、ならよかった。」
そんな神城の気持ちに気づかないまま、今日のお菓子のクッキーがいかに美味しかったのかを思い出しながら幸せそうに話す彼女にクスリと微笑んで、ポンポンと頭を軽くなでる。
その神城の仕草に、話すことに夢中になって我を忘れていたヒトミは、思わず頬が赤くなる。
「あっ、と…ところで先輩は放課後残られて何をされてたんですか?」
恥ずかしさを紛らわすように、慌てて話題を変える。
「僕?僕は図書室で本、読んでたんだ。読みたかった本が新しく入ったって聞いたから」
「なるほどー。先輩らしいですねー」
話題の転換に無事成功したことに、内心ほっとしながら神城らしいその理由に思わず笑みがこぼれる。
「うん。そしたら、突然ヒトミちゃんの声が聞こえたから、どうしたのかなって」
その神城の一言に「ピシッ」とヒトミの顔が凍りつく。
そう、廊下に誰もいなかったからといって安心している場合ではなかったのだ。
廊下のすぐ脇には教室があり、よくみれば廊下のガラスも開け放たれている。
先程のヒトミの叫び声は、不特定多数の耳に届いていただろうことはまず間違いなさそうだ。
「なんだかすごく困ってるみたいだったから、僕に相談にのれるこったらと思って来てみたんだけど」
…そして、さらに運の悪いことにここは図書室からさほど離れていない場所。
続けられた言葉から、叫んだ内容までバッチリ聞かれているだろうことは容易に想像がつく。
ヒトミは観念したようにひとつ、息を吐くとまっすぐに神城を見つめる。
「本当に、相談、のってくれますか…?」
「もちろん。少しでも君の役に立てればいいんだけど」
そういっていつものように笑う神城に、心臓の音がどんどん早くなっていくのがわかる。
(お…落ち着いて…!こうなったら思い切って聞くしかないじゃない!せっかく神城先輩から聞いてくれてるんだもの…!)
自分を落ち着かせるように胸の前でぎゅっと手を握り、深く深呼吸をする。
「ヒトミちゃん…?」
いつもと雰囲気の違うヒトミに少し戸惑いながら手を伸ばすと、意を決したようにパッと顔を上げたヒトミと目が合う。
「先輩の携帯のメモリー、女の人って何人登録されてるんですか!?」
その問いかけのあまりの勢いにきょとんとしている神城とは対照的に、必死な面持ちでそんな彼を凝視して答えを待っているヒトミ。
(ああ、なるほど。つまり彼女は―)
彼女のその必死な表情を見て、神城は彼女の質問の意図を理解する。
と、同時に思わず零れだした笑みを抑えられない。
『携帯電話にいろんな女の子から電話がかかってくる』と、出会って間もないころ彼女にそう告げたことがあった。
あの時のことをきっと今でも覚えていて、そして―。
自分の問いになかなか返事をしてくれず、あまつさえなんだか嬉しそうにクスクスと笑い出してしまった神城に、ヒトミは訳がわからず戸惑う。
「あ…あの…先輩?」
「ああ…ごめんね?君があんまりにも可愛いから」
「可愛い」と、さらりと告げられたその言葉に、ますます顔が赤くなる。
恥ずかしくてすぐにその場から走り去りたい衝動に駆られるが、今回ばかりはそうはいかない。
この問いの答えを聞くまではヒトミも一歩だって引けないのだ。
「も…もう先輩!ちゃんと答えてくださいってば!」
いまだ笑い続ける神城に痺れを切らしたように、声を上げると不意にぐいっと腕を引かれる。
つんのめるように体を傾けたヒトミの耳を掠めるように、彼女の欲していた答えが囁かれる。
「大丈夫。君以外の女の子なんて登録されてないよ。これまでも、これからも、ね。」