神様の涙

―言い訳なんて出来ないくらい あの瞬間 君に惹かれていたんだ―

君を初めて見かけたのは、確か5月の中旬くらい・・・だったかな。
風の気持ちいい海の見える公園。

いろいろな音が飛び交う賑やかな日曜日のあの場所で、何気なく歩く僕の耳に君のヴァイオリンの音色はまっすぐに飛び込んできたんだ。
素直でまっすぐで、飾ることを知らない生まれたての無垢な音。
美しい音色に感動すると同時に強い衝撃が走って、ふいに心臓を捕まれた気がした。

人ごみの中で思わず立ち止まった僕の肩に、すれ違った人のバックがぶつかる。
だけど、その衝撃も背中にかけられた「すみません」という声も、あのときの僕にはとてもとても遠いものに感じられたんだ。
雑音や余計な感覚が排除されて、世界が音で満ちていく感じ。


そうだ、この音は僕がたどり着きたいと目指していた音だ。
探していたものにやっと会えた。
やっと見つけた。
そう感じるとともに。
上手く弾くことに囚われて、下手な小細工まで覚えてしまった今の僕にはきっと二度と辿り着けない音だって、すぐにわかった。

手に入らない眩しいものに憧れるような気持ちで、僕は来る日も来る日もその音を探して公園を訪れた。
こんな僕でも、その音を聞いている間だけは色んなことが許されるような気がして。
勝手かもしれないけど、僕はそのヴァイオリンの音色を、懺悔を聞いて許してくれる神様みたいに感じてたんだ。




君の涙を知るまでは。



それまで毎週のように聞こえていたあの音が、ある日を境に聞こえなくなった。
必死で音を探す僕は、公園の片隅でヴァイオリンを抱えて小さくしゃがみこむ君を見つけた。
誰かに見られることを恐れるように木の陰に隠れて、何度も何度も小さな声で「ごめんなさい」と繰り返していた。


愚かな僕は、その時ようやく僕は気付いたんだ。
いつも探して憧れていた「君」の、声すらも知らなかったということに。
そして、そこにいるのは至高の音を奏でる尊い神様でもなんでもなくて、震えながら涙を流す一人の女の子だったということに。

あの時の僕は、静かに涙を流す君に声をかけることもできず、息を殺してただ立ち尽くすことしか出来なかった。
美しい音色にばかり気をとられて何も見えていなかった自分の幼さを、痛いほど思い知ったんだ。
どうかあの日の僕の過ちを取り戻す機会を与えられるなら、今度はきっと君の隣で支えになるから。



そして、ただ一つ今でもはっきりといえることは。



僕は、言い訳なんて出来ないくらい

あの瞬間、君に惹かれていたんだ。

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