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― 私も考えていたと あなたのことを想っていたと ―

「よし、ここまでは正解、と・・・」
一定のリズムで赤丸を描いていたペンをコトリと机に転がして、ゆっくり参考書から顔を上げる。
軽く背伸びをしながら壁にかけられた時計に目をやると、針は間もなく12時を指そうとしていた。
机の上に広げたままだったノートや教科書を集めて、トントンと整理する。

(まだ時間早いし、ちょっとだけ休憩して英単語の続きやろうかな・・・)

紅茶でも入れようかと、家族を起こさないようにそっと部屋を抜け出して、キッチンへ向かう。
やかんを火にかけながら、戸棚からお気に入りの紅茶の缶を取り出しかけて、不意に手を止める。

(あれ・・・?)

手にした缶から、思っていたような重みが感じられなかったのだ。
もしやと思ってそっと中を覗けば、少なくなった茶葉が缶の底のほうでかすかに残っているのが見えた。
そういえば最近、試験勉強の時間を増やしたことで、これを飲む機会も増えたのだっけ。
ああ、また買いに行かないとな・・・と、何気なく思いながらふと思い出した。

(あ、そういえばこの紅茶。加地君と買いに行ったんだっけ・・・)



「ねえ、香穂さん。これすごくいい香りじゃない?」

学校の下校途中で、ものめずらしさで何気なく足を踏み入れた紅茶の専門店。
店内に所狭しと置かれた様々な茶葉は、聞いたことのないような珍しいものも多くて少しづつ試飲させてもらいながら、思わず二人で夢中になってしまった。
せっかくだし何か一つ買って帰ろうかという話になり、それぞれの茶葉に書かれた説明を読みながら、うんうん唸っていた時、加地に勧められたのがこの紅茶だった。
手渡されたカップに口をつけると、さわやかな香りがふわりと漂う。
口当たりもすっきりとしていて、とても飲みやすかった。

「わっ、美味しい。これ!」
「でしょ?ね、僕ら受験生だし、勉強の気分転換に飲むにはぴったりだと思わない?」

すっかり気に入ってしまったこの紅茶を、二人で1缶づつ買って。
「これで勉強もはかどるし、いい買い物したね」なんて、笑いながら話したのはほんの1ヶ月前のこと。
なのに、そんな時間が遠く懐かしく感じてしまうのはなぜだろうか。



「そういえばもう1週間もまともに話してないんだっけ・・・」

ヴァイオリンの練習と受験勉強の両立は思った以上に大変で。
内部進学だからと少し気を抜いていたのが仇となり、先日の中間試験では今までにないほど酷い結果を出してしまった。
案の定、担任の教師に呼び出しをうけ、今のままでは内部進学も難しいかもしれないと告げられた。

音楽と勉強の両立の大変さは昨年で十分わかっていたはずなのに、受験に対する自分の認識の甘さと、現実の厳しさを突きつけられた。
今までの姿勢を反省し自分への戒めとして、1学期末の試験が終わるまではデートも登下校もおあづけ、電話も禁止することにしたのだ。
それを告げた加地は、少し残念そうな顔をした後、
「残念だけど、香穂さんがそう決めたのなら協力するね」と何時ものように笑ってくれた。
その笑顔に、ズキリと胸が重く痛んだ。
自分勝手な理由で、彼を傷つけているいることは、十分承知している。
何より香穂子自身、加地と一緒にいられる時間をとても愛しく思っていたし、彼と過ごす時間が勉強の妨げになっているだなんて微塵も思っていない。
けれど、これは怠けていた自分への罰だからと言い聞かせるように、「ごめんね」と小さく彼の笑顔に謝った。


あの宣言から今日で丸一週間。
期末試験も残り半分を残すのみとなった。

「あと3日か・・・」

残りの試験内容をぼんやりと思い出しながら、ため息を一つ。
大好きな紅茶を入れているというのに、一向に気持ちは晴れない。
キッチンの電気を消して、紅茶を零さないようにゆっくりと階段を上る。
両手で抱えたカップから立ち上る湯気がふわりと鼻をくすぐる。
(あ、いい香り・・・)
思わず、暗闇で足を止めた。



「・・・会いたいなぁ・・・」

紅茶から漂う香りに誘われるように、零れた言葉にはっとした。

たった1週間、なのに。
こんなにも長く感じている自分がいて。

紅茶の香り、一つで。
こんなにも会いたい気持ちが大きくなって。

自分の部屋へ戻りドアを静かに閉じると、机の上の携帯がメールの着信を知らせて光っていることに気付いた。
わずかな予感に鼓動が早まるのを抑えられない。
机にカップを下ろすと、すぐさま携帯を手に取る。
液晶に表示された送信者の名前。

「加地君・・・」

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TITLE:起きてる?

眠ってしまってたらごめんね。
香穂さん、まだ起きてる?
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短くて、こちらを気遣うような簡単な文面。
けれど自分に向けられているその一語一語が嬉しくて。 思わず顔がほころぶ。

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TITLE:起きてるよ

今ちょうど休憩してたとこ。
どうしたの?
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この一週間、まともな会話を交わしていないのに、まるでそのメールから加地の声が聞こえてくるような気さえして。
会話が途切れないように、すぐさま返信を打つ。

(嘘みたい・・・)
つい先ほどまで加地のことを考えていて、会いたいと思っていて。
そうしたらタイミングよくメールが届いた。
まるで自分の気持ちを見透かされているようで少し気恥ずかしかったけれど、でも今はそれ以上に嬉しかった。

紅茶に一口、口をつけるとまたすぐに携帯が光った。
今度は送信者を確認しなくても、誰からのものなのか分かる。

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TITLE:よかった

起こしちゃったら悪いかなって、
ちょっと迷ったんだ。
用は特にないんだけど、
なんとなく香穂さんにメールしたくなって。
勉強してた?
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もしかしたら、加地も自分と同じ気持ちでいてくれたのだろうか。
そう思うとなんだか以心伝心のようで、くすぐったい幸せな気持ちになる。

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TITLE:うん

英語終わらなくって・・・。
一段落したから加地君と買った紅茶入れてたとこ。
加地君は?
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加地も勉強していたのだろうか。
(あ、もしかしたら、同じ紅茶入れてたりして・・・)
そんなことを思ってクスリと小さく笑いながら、ゆっくりと紅茶に口をつける。

しかし、またすぐに返ってくるだろうと思ったメールは、今度は少し間を空けて届いた。
もしかしたら、頻繁に返信をしたから勉強の邪魔になってしまっただろうか。
少し不安になりながら、申し訳ない気持ちで画面を確認する。
そこに届いていたのは、まっすぐな気持ち。


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TITLE:考えてた

香穂さんのこと
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たった一言。
その一言に、どうしようもないほど胸が震えた。
頬が高潮していくのが分かる。
携帯を持つ手が熱くなって、鼓動は早鐘のようにうるさく響く。


(会いたいなぁ・・・)
そう暗闇でつぶやいた自分の姿が重なる。
同じ時間、違う場所で、同じ想いを抱えていたこと。
嬉しくて、嬉しくて、愛しくて。

私も考えていたと。
あなたのことを想っていたと。
そう伝えたくて。

気付いたときには、メールを打っていた。

(どうしよう、今、どうしても加地君の声が・・・)

聞きたい。

そう思った。
送信ボタンを押しかけたその時。
再びのメールの着信。

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TITLE:ごめん

少しだけ、電話してもいい?
香穂さんの声、聞きたい
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考える余裕なんてなかった。
気付いたときには、コールボタンを押していて。
久しぶりに聞く受話器越しの彼の声は優しくて、香穂子の体にすうっと馴染んでいくのわかった。


(ああ、もうほんとうに・・・・)


どうしようもないくらい、あなたの声が愛しい



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